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過去はもう変えられない。どうしようもない。どんな記憶も、思い出も無駄にはならないはずだ。
小学校は、まだ無邪気で、無知で、人を傷つけたり、傷ついたり、楽しかったし、悲しかった。ううん。良い仲間たちに恵まれて、幸せだった。

中学校は、友人なんてできなくて、いじめられて、恨んで、憎んで、悲しくて、絶望を味わった。けれど、今も心に残る大切な人と出会えたし、彼女を愛するということで、温かい感情も芽生えた。そして、最後はやっぱり楽しかったのだ。辛かった。とても辛かった。けれど、最後には幸せが待っていた。絶望だけではなかったのだ。
ただ、その絶望が幸せを感じるより前に、僕を壊してしまったけれど。今も、人とは何か。友人とは何か。生涯の友人はできるのか。命とはなにか。心とは何か。まだ、答えはでない。恐らく、一生かかって探してゆくテーマになるのではないか。自殺はしない。絶対なんてないけれど、絶対自殺はしない。命続く限り生きようと思う。

そして、大学で、答えに近づきたい。大好きな写真と、大好きな青と、何か手で創る喜びを味わいたい。それは、とても苦しいことだけど、幸せも、楽しみもある。
絵を描きたいでも、写真をもっとやっていきたい。身近なもの、すぐ隣にあるものから、大学の中にあるもの。友人だったり、教授だったり、先輩だったり、後輩だったり。それらを残しておきたい。今まで、私に無かったものそれを求め、見つけ、大切にしたい。
大学ではやりたいことがたくさんある。在学中には全部出来ないかもしれない。けれど、大学院、就職しても、フリーになっても創ることはやめたくない。未来はまだ解らない。けれど、幸福ある世界にも変えていける。希望があるのだ。それが解れば、大丈夫。

大きな闇がある。私の深い深い深い場所の、暗い暗い暗い奥底に。それは絶えず私を蝕んでいる。けれど、長野美術研究所で出会えた、友人。所長の村田陽先生、藤沢瑞紀先生、越ちひろ先生。みんなみんな感謝しています。その想いがあれば、闇に負けない。必ず勝ってみせる。人を好きになれる。

不安もある。家族が嫌いな私も居る。まだ、死を願う感情も、涙一つ流さない冷たい感情もある。変わっていく。まだ、急にはすべて変えられない。少しずつ、大学に進んで、社会に出て、いつか家族とも、友人とも笑い合っていきたい。

太って、禿げて、歳をとって、最後に両親よりあとに笑って死ぬ。友人が悲しんでくれる。先生たちが悲しんでくれる。
大切な思い出と一緒に、死ぬ。天国があるのか解らないけれど、とにかくたくさん幸せをもって、最後を迎えよう。

もう後は振り返らない。過去は楽しくても、辛くても、良いものだった。そう思って前へ進もう。

最後に、私の作品を見て頂いた、東京造形大学の方にありがとう。今私のすべてを表現しました。4月から始めたばかりで、未熟ですが、ありがとうございました。

両親、姉、兄に、大学の再受験をさせてくれてありがとう。
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